クロガネ・ジェネシス

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第三章 再び、エルマ神殿にて

 

アーネスカvsライカ



「これからどうするの?」

 歩きながら火乃木はそう俺に問う。俺達は今エルマ神殿に向かっていた。

 ルーセリアでの全ての事件の始まり。その場所へ。

「終わらせるのさ。エルマ神殿での事件を」

 そう言った途端、火乃木の表情が変わった。エルマ神殿から脱出するときに起こったことを思い出しているのだろう。

 自分の正体を多くの人間の前で晒してしまったときのことを。

「そっか……」

「無理についてくる必要はないんだぞ? 宿でも取ってそこでお前が待っていればそれでも俺は構わない」

「それじゃあ、ボクだけ逃げてるみたいだから、ダメ。始まりはレイちゃんと一緒だったんだから、最後まで付き合うよ!」

「そっか……。ところで、ネルは何で俺達と行動を共にするわけだ?」

 俺は未だに行動を供にしているネルに対して言う。

 ネルと俺達が合流したのは森の中。森から脱出するまでの間だったら、お互いに協力すると言う名目で行動を共にしてきたわけだ。

 だけど今となっては話は別だ。ここは森の中ではない。力を合わせて解決するべきことも特にない。

 エルマ神殿の事件だって基本的に俺がどうにかしようと考えていたくらいだ。

「あら、私が一緒だとダメなの?」

「別にダメってわけじゃないが……」

「ここまで一緒に行動してきたわけだし、今更それはないでしょう。それに1人になってもすることないしさ。君達と一緒に行動してるとなにかと面白いことに遭遇出来そうだし」

「ああ、そうかい……もう何もいわねぇ。なんていうか……」

「うん?」

「達観してるよな〜。お前……」

「達観……か。うん、確かにそうかもね」

 のんきに笑いながら言うネル。そういうところが達観してると言うのだ。

「レイジ」

「どした。シャロン?」

「エルマ神殿てなに?」

「あ、そっか……」

 考えてみればシャロンはエルマ神殿について何も知らないんだったな。

 俺は簡潔にエルマ神殿とは何か。エルマ神殿でどんな事件が起こったのかを説明した。

 そうしているうちに、エルマ神殿が見えてきた。

 エルマ神殿は今までと変わらないように見える。一見すればの話しだが。

 だが、今俺達が見ているエルマ神殿は何かが違う。

 まず状況が読めない。

 エルマの騎士達がみんな揃ってエルマ神殿の外に出ている。誰も口を閉じたまま、エルマ神殿と呼ばれた石造りの巨大建造物を眺めているのだ。

 そして、時折聞こえてくる音が、事態の把握をより困難なものにしていた。

 地面を揺らすほどの大きな衝撃と供に、乾いた音が断続的に響いてくる。かと思えば、巨大な……まるで雷が地面に落ちたかのような音が聞こえてくる。

 これは……一体?

 俺達は近くの木の陰に隠れながらエルマ神殿の様子を遠巻きに眺める。

「ちょっと様子を見てくる。ネル、悪いが火乃木とシャロンを守ってくれないか?」

「OK」

「待って! ボクも行くよ!」

「お前はダメだ。お前の姿がエルマの騎士に見つかれば、あの時と同じことが起こりかねない。俺もエルマの騎士からあまりいい目では見られないだろうし、亜人とばれているお前が行く必要はない」

「うう……わかった」

「私は……?」

「シャロンはエルマの騎士達も知らない。しかし、ただならぬ雰囲気を感じる以上、お前も連れてはいけない。何よりいざと言うとき守ってやれないかもしれない」

「……わかった」

「じゃあ、ネル。2人を任せた」

「うん」

 俺は単身、エルマ神殿へと向かった。

 エルマの騎士達の姿が近づいてくる。俺に緊張が走ってきた。

「これはどういう状況ですか?」

 試しにエルマの騎士の1人に話しかけてみる。

「貴方は!」

 エルマの騎士は俺の顔を見るなり表情を変えた。

 驚いているような怒りをあらわにしているかのような、はたまた悲しんでいるかのようななんともいえない表情だ。

「鉄零児《くろがねれいじ》……」

 そのエルマの騎士が俺の名を呼ぶと同時に、他のエルマの騎士達も俺の方を向いた。

 さあて、どうする? 俺。考えることはないか……。

「俺はエミリアス最高司祭より依頼を賜った鉄零児だ! 少々留守にしたが、エルマ神殿で起こっている事件を解決するために、俺はまた戻ってきた。アーネスカ・グリネイドという女性と話がしたい!」

 一々考えてなんかいられない。エルマの騎士達に俺の名前は既に知れ渡っている。だけど、彼女達全員が俺に対して好意的であるわけはない。

 ならば、多少なりとも接点のあるアーネスカと話をするのが手っ取り早い。

 だが……。

『………………』

 皆一様に何も言わずに黙っている。エルマの騎士達の混沌とした表情は、何に対して向けられているものなのか、俺には理解できない。

 そんな中。

「鉄さん? 鉄さんですか?」

 俺の名を呼ぶ声が聞こえた。その声はきいたことのある人間のものだった。

「マナさん……」

 俺と火乃木がエルマ神殿から出た日にお見舞いに行ったエルマの騎士の1人。

 浅黒い肌とショートカットの黒髪は、赤いスライムと初遭遇したときに火乃木をかばって左腕を負傷したマナさんその人だった。その左腕は俺と火乃木がお見舞いに行った頃と違い白い包帯が巻かれているだけで、今はある程度動かせる状態のようだ。

「鉄さん! お久しぶりです!」

「こちらこそ」

 俺とマナさんは軽く挨拶を交わした。

「状況を説明してもらえますか? エルマ神殿で事件を起こしていた者の正体がわかったので、事件を解決させるために戻ってきたのですが……」

「それが……それどころではないんです……」

 ……どういうことだ? 一体……。

 何が起こっているというんだ?



 エルマ神殿大聖堂。そこは本来、エルマの騎士達が聖歌を歌う所であると同時に、信仰対象であるエルマの講義を行う場所でもある。

 蝶を象った巨大な十字架が大きな特徴で、休日などは人で溢れかえることもある。

 それは、女性の社会進出と世界の平和の象徴でもあった。

 しかし、既にエミリアス最高司祭はいない。何者かに殺されたのか、病死したのか、自殺だったのかは定かではない。

 エルマ神殿とエルマ信仰はエミリアス最高司祭によって作られたものだった。

 つまり、エルマ神殿とそれに連なるものはエミリアス最高司祭の努力の賜物であり、それによって今までエルマ神殿は発展を遂げてきた。

 しかし、今それが終わろうとしている。

 地面を抉《えぐ》られ、壁もところどころ傷つき、十字架は根元から折れていて、かつてあった大聖堂の面影はほとんど残っていない。

 これはもはや廃墟に等しい。

 そして、その舞台において戦いを繰り広げている2人の人間がいた。

 どちらもエルマ神殿において分野こそ異なれど、優秀と称された人間だった。

 1人は魔術師の杖を持つ眼鏡をかけた女性、ライカ・L・ミリオン。

 もう1人は両手に銃を持った金髪のセミロングが特徴のアーネスカ・グリネイドだった。

「ドラコニス・ボルト!」

「!」

 ライカの魔術がアーネスカの頭上に発生する。

 回避はほぼ不可能。人間が食らえば即死は免れないような破壊力を秘めた雷の魔術だ。

 アーネスカはそれに対し、左手に持った銃を向けて撃つ。同時に降下する雷とアーネスカの間に青白い光のシールドが発生し直撃を防ぐ。

「人間に使うような魔術じゃないわよ!」

 アーネスカは自らの使っているリボルバーの拳銃に銃弾を込めながら悪態をつく。

 地面を抉られているのはこの魔術によるものだ。

 「いい加減、正気に戻りなさい!」

 アーネスカが3階のテラスにいるライカに向けて右手に持ったもう一丁の銃を構えて撃つ。

 それぞれにアーネスカ特性の魔術弾が込められている。左手の銃は防御用、右手の銃が攻撃用だ。

 攻撃用といってもライカ相手にダメージの大きな魔術弾を使うわけにはいかないので、こめられている魔術弾は殺傷力0の催眠魔術の弾だ。

 アーネスカの撃った銃弾は確かにライカに向けて正確に撃たれた。しかし、ライカは銃弾発射より前に自らの魔術師の杖に一言命じて魔術を発動させる。

「レイ・バリア!」

 分厚い光の壁が現れアーネスカの撃った銃弾はそれに阻まれライカに届かない。

 同時にライカは3階のテラスから、飛び降りる。人間とは到底思えないような脚力で、アーネスカの方へ向けて。

 そして自身の魔術師の杖の先端を地面に向けて突き立て、同時に魔術を発動した。

「サークル・ブレイズ!」

 途端、ライカの周りで一瞬で炎の円陣が発生する。同時にその円陣は小規模な爆発を発生させ、辺りに火の粉を散らす。

 その破壊力は火乃木が使ったものとは段違いに高い。

 アーネスカはその爆炎から逃れ、ライカ目掛けて銃を構えるが、それより速くライカはアーネスカに接近し、腹に左拳を叩き込む。

「グッ……!」

「フフフ……フ!」

 ライカは不気味に笑いながら、アーネスカの襟首を左手で掴み上げる。

「何が……おかしい!」

 アーネスカはそんなライカを睨みつけ、自らの額でライカに頭突きを見舞う。

 そして、右手に持った銃をライカに向けて撃つ。狙いは確実にライカの顔面だった。同時に白い煙が広がる。催眠作用のある煙だ。普通の人間が吸い込めば確実に眠らせることが出来る。

 ――これでライカが眠りにつけば、ライカに取り付いた何かを取り除くことが出来るかもしれない。

 アーネスカはそう考えていた。

 立ち上る白い煙。しかしその中からライカは平然と笑いながらアーネスカに迫ってきた。

 ――そんな!?

 そう思う刹那《せつな》、ライカは左手でアーネスカの首を掴み、ギリギリと締め付ける。

「ゴホッ……ゲホッ……クッ……」

「アーネスカ……もう無駄な抵抗はおやめになったらいかがですか?」

「……な、なんで……」

 ――こんなことに……?

 零児と火乃木がエルマ神殿から出て行った後、アーネスカはライカを問いただそうとした。

 しかし、いついかなるときも、ライカは余裕の態度を崩すことなく、のらりくらりと言い逃れた。

 同時にライカの様子をほとんどのエルマの騎士がおかしいと疑い始め、ライカと行動を供にしていたエルマの騎士達も徐々に離れていった。

 そんな日が続いたある日。つまり今日。

 アーネスカに何か憑き物がついているのではないかと疑ったアーネスカはライカの食事にあることを施した。

 人間の精神から不純物を取り除く薬液を混ぜたのだ。

 人間の精神が何者かに乗っ取られる。そういう現象に対して使う薬液で、憑き物を落とすのに使われるものだ。

 そして、それをライカが口にした直後。ライカは突然絶叫した。

 同席していたアーネスカはライカを抑えようとした。しかし、その甲斐もなくライカは暴走。話し方が大きく変わり、目が血走り、優しかった頃の面影をほとんど残すことなく豹変したのだ。

 その豹変ぶりに驚いている暇はなかった。ライカはアーネスカを殺そうと魔術を発動し、それに応戦する形で2人が戦うことになった。

 1つだけ確かなことは、ライカは操られている。つまりライカ本人はいかなる罪も犯していない可能性があるのだ。

 そんな人間に対して銃口を向けるのはいささか心苦しいものがあったが、ライカの魔術師としての実力は自分が嫉妬するほど高い。

 エルマ神殿の人間ならそれはわかっていることだった。

 この2人が戦ってどちらが勝つのかは、エルマの騎士達の間で大きな関心事の1つであった。

 それがこんな形でかなうことになるとはアーネスカ自身も、エルマの騎士達も予想していなかったに違いない。

 ギリギリと首を絞められながら、アーネスカはライカを見る。親友の瞳は濁《にご》っていた。

 感情がなく笑っている。もっと言うなら表情は笑っていても目は笑っていない。これが人間の瞳のはずがない。

 それを信じたくてアーネスカは戦う。親友を元に戻すために、取り付いている何かを排除しなければならない!

「ライカを……返しなさいよ……」

「……?」

「ライカ……お願いだから、元に戻りなさいよ……!」

 そう悪態をつきながら、アーネスカは左手の拳銃から手を放し、ホルスターについているポケットからサファイ・ブルーの宝石を取り出した。

「フラッシュ」

「……!?」

 途端辺りが一瞬で明るくなった。ライカは目を強く閉じ、同時にアーネスカはライカの腹に蹴りを入れて間合いを取る。

 ――それにしても、あんな高等魔術をバンバン撃てるだけの魔力キャパシティはそうそう人間にはないはずなのに、まだ魔力が切れないというの?

 どれくらいの時間戦っているのかは正直アーネスカ自身よくわからない。時間の感覚なんて既に狂っている。

 ただ、ライカは先ほどから高等魔術ばかりを使っていて、魔力切れを起こしていないのが不思議でならない。

 魔力は全ての人間、否全ての生物がすべからく持っている生命エネルギーそのものだ。魔力が切れるということは死を意味する。だから人間の体には魔力が切れないように=使いすぎないように魔力の消費を抑えようとする働きがある。

 この現象が魔力切れという奴だ。

 だが、ライカの表情からは余裕が消えない。人間以外の何かが肉体を乗っ取っているとしか思えない。

 それほどまでにライカは強力な魔術を放ち続けていると言うことなのだ。

「ライカ……」

「アーネスカ。本当にしつこいわねぇ。しつこい女はもてなくてよ……」

「関係ないでしょ……今はそんなこと」

 挑発に真顔でアーネスカは返した。

「貴方も……他のエルマの騎士と同じように黙っていれば、こんな無駄な戦いをする必要もなかったのに……」

「無駄な戦いなんかじゃない……! あんたの憑き物を殺すための戦いだ!」

「私は正気でしてよ?」

「嘘だ! だったらそんな無表情で笑わないでよ! 不気味なのよ! こうなった以上、あんたは必ず元に戻す!」

 ――親友として……それだけは成さなければならないと思うからね。

「あ〜あ……。どうして上手くいかないのかしら……。思えばあの男が来た頃から上手くいかなくなっていった気がする……」

「あの男……?」

「鉄零児……。色仕掛けも効かなかったし、まんまと逃げられた……。その上、計画はパァだ……。あの男さえいなければ計画は順調だったのに……!」

「計画……?」

「ここのマナジェクトを奪うと言う計画か?」

 突如、アーネスカのものでもなく、ライカのものでもない第三者の声が大聖堂に響いた。

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